#3 日本学術会議任命拒否問題について

【寄稿】学問の自由はなぜ必要か 田中優子総長

2020年11月4日

 法政大学新聞学会では日本学術会議の任命拒否問題に付随して議論されている学問の自由について学生はどのように考えるべきか、総長に寄稿願った。

田中優子総長=2020年3月、西森知弘撮影

 学問の自由とはそもそも何であるか

 学問とは、すでに明らかになっていることを学び、各人がそれについて考え、新たな問いをもち、検証を経て、自分の言葉や論理によって表現し、批判しつつ発展させるものです。その営為は、この世界で何千年も続いてきました。その間に、地球や宇宙や人間や生き物や社会について、多くのことがわかってきました。


 そして学問はこれからも人類が存在する限り続きます。学問を研究する人々は、自らの問いを解こうとしていますが、ほとんどの場合、それは純粋な知的好奇心からであって、自己利益を目的にしてはいません。むしろ、まだ見ぬ「未来の普遍的な他者」のために研究し教育をしているわけです。時の権力や政権のために研究や教育をしているわけではないのです。


 もし今現在の政府のために研究をすると、それは何を目的にすることになるでしょう? 政権を握る党や首相、大統領などが権力と権威を維持すること、そのために国家が軍事的に強くなること、経済的に強くなることなど、学問を特定の人々の道具にすることになります。


 では今現在の政府ではなく、社会や世界のためにおこなう学問、研究は何を目的にすることになるでしょう。それはたとえばSDGsの17の目標を思い出してみるとわかりやすいです。世界は多くの課題を抱えていて、それらのほとんどは、軍事的な緊張はもちろん、経済的な発展によって解決できることではありません。環境問題はむしろ科学技術の発展と、それを経済的な成長に偏って使ってきた結果でもあります。世界の課題を解決するには、生態学を基本とした新しい科学のみならず、生命、哲学、社会、人類、宗教、民族、教育などの研究、つまり人文社会分野を含み、複数の価値観に基づいた多様な学問こそが必要です。


 日本学術会議の任命拒否を問題にした総長メッセージで、「学術研究は政府から自律していることによって多様な角度から真理を追究することが可能となり、その発展につながるからであり、それがひいては社会全体の利益につながるからです」と述べたのは、そういう理由からです。任命拒否は憲法23条が保障する学問の自由に違反する行為であるだけでなく「最終的には国民の利益をそこなうもの」であると書いたのも、複数の価値観に基づいた多様であるべき学問が、政府の権力維持のためにひとつの価値観、狭隘な分野に限られてしまえば、世界の課題解決につながらず、結局、日本の課題解決にもつながらないからです。


 学問はそのように、人類や世界の課題解決や、人間としてこの世界を知り、「知性」を磨くことの喜びのために、人類が持ち続けてきた知の体系です。


 日本国憲法は学問の自由を保障しています。憲法制定時の「学問の自由」における「自由」とは、権力や政権からの自由すなわち、政権からの「独立性」を指しています。その「独立性」の重視は、先の戦争で当時の政府のために学問が使われ、戦争を支えたことの反省に基づいています。日本学術会議もまた、憲法における「学問の自由」と同じ理由で設立されました。ですから、日本国憲法をもつ日本国の内閣府が所轄する機関として、「科学が文化国家の基礎であるという確信に立って、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与する」ことを使命とし、「独立して」(日本学術会議法第3条)職務を行う機関、と定めたのです。そしてその独立性、自律性を日本政府および歴代の首相も認めてきたのです。


 ちなみに、憲法99条では、天皇又は摂政(天皇の代理)及び国務大臣、(内閣総理大臣およびその他の大臣)、国会議員、裁判官、その他の公務員は、憲法を尊重し擁護する「義務を負ふ」とあります。憲法を守るのはこの人たちで、守らせるのは国民、という意味です。


 日本学術会議は設立の趣旨どおりに、常に戦争と平和の問題を考え、現在ではさらに、気候変動、温暖化、海洋プラスチックごみ問題、野生動物管理問題、ゲノム編集問題そして、SDGsの17の目標と実際の研究との関連づけなど、まさに世界の課題を対象に研究する研究者たちの集まりです。それを時の政府の役に立つか立たないかで判断するのであれば、国家第一主義(ジャパン・ファースト)に押し込めることになります。

戦後、日本を新しい国にするために学問研究のすそ野を世界に広げてきた日本の方向性は、「時の権力が何を求めているか」に視野が閉ざされていきかねない状況になっています。



 それは学生とどう関わるか

 教育現場および学生とのかかわりで言えば、時の権力への忖度や今現在の利益に視野が閉ざされていく姿勢は、たとえば就職に役立つ勉強だけするような姿勢につながりかねません。狭い関心に閉ざされず、精神を自由にして何ものにも囚われずに自分の問いと知的好奇心から学んでいくことが、結局は、就職後の人生で長く必要な「新しい発想や広い視野」を養うことになります。学生にとっての「学問の自由」とはまず、学ぶ場が、知的好奇心を思い切り躍動させることのできる場であることです。


 そのような場を維持するためには、教員たち自身が知的好奇心を躍動させていることが必須です。今回の任命拒否問題は、「理由を説明しない」という戦略を使うことで、国民が理由を推測し、忖度し、時の政府の政策に自分の価値観を合わせていく可能性があります。もし教員たちにもそのような「萎縮」が起こったなら、学生に向き合うとき、歴史からも世界からも閉じた思考と言葉で語ることが起こり得ます。その萎縮は次の世代に、さらなる恐怖と萎縮をもたらすでしょう。


 別の危機もはらみます。1960年代の日本は、高度経済成長と企業の発展という単線上をひた走っていました。大学はそのために大きくなったとも言えます。その結果、1960年代末には多くの若者が学生運動に突入しました。1969年当時、日本の国公私立大学の約80%が何等かの闘争状態にあったのです。これは、日本の若者を一方向の路線に押し込めようとした結果、と言ってもいいでしょう。政治的な思惑をもたない若者たちが、自分の生き方を方向づけている大きな力に疑問をもち、反乱によって脱皮しようとした動きでもあったのです。大学教員や大人たちの萎縮と、思想の多様性の喪失は、やがて暴力をともなう反発も引き起こす可能性があります。


 大学は自由で柔軟であることが、もっとも大切です。なぜなら学生自身が多様であり、その多様な才能を開くのが大学の役割だからです。研究者たる教員の狭隘さ、単線的価値観、萎縮した生き方によっては、多様な才能を開くことはできません。大学は、人を萎縮させる権力や暴力を認めない「自由という広場」であるべきで、そのような場であるからこそ、教員も学生も「自由を生き抜く実践知」を実現できるのです。

【田中優子 たなかゆうこ】

 1974年法政大学文学部日本文学科卒業。1980年法政大学人文科学研究科日本文学博士後期単位取得満期退学。1980年4月より法政大学第一教養部専任講師、1983年同助教授。1991年から同教授。2012年には法政大学社会学部長、2014年から現在まで法政大学総長。研究範囲は江戸期の文学を中心に、現代日本やアジア諸国との比較文化まで幅広い。最近の主な著書に『自由という広場』(2016,法政大学出版局)『江戸とアバター 私たちの内なるダイバーシティ』(2020,朝日新聞社)『江戸から見ると 1,2』(2020,青土社)、『苦海・浄土・日本―石牟礼道子 もだえ神の精神』(2020,集英社)など。

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