山本真鳥・経済学部教授(元会員)―②

学術と国、山本先生から見た学術会議

2020年10月29日

取材は10月11日に行われました。最新情報とのそごはご了承ください。※印は法政大学新聞担当者の文責。

(「【#2山本真鳥教授-①】任命拒否についての受け止め」の続き)
 

 ここからは、学術会議の在り方について山本教授に聞いた。

本学経済学部の山本真鳥教授=本人提供

 ■学術会議という組織について

 ―全体の活動はどれほどの頻度ですか。
 「会員は毎年4月と10月に各3日間の総会があります。また、夏に1泊2日くらいで集まり、様々な議論を深めるというようなものもあります。その他に分野別委員会や分科会があり、どこに所属するかで全然違います。
 

 私は21期に第一部会の幹事をしましたが、役員は様々な会議に出る必要があり激務でした。私は多摩キャンパスの教員で移動に時間がかかりますし、大学の講義も休めないですし。最近はオンラインになって少し変わってはきたようですが。
 

 幹事会など特定のものを除いて、会議は基本的に誰でも傍聴できます。また、一般の方向けに講演会を時々開催しています。ただ、講演会で講師を呼びたくても学術会議では費用が賄えない場合が多々あるため、テーマが重なる科研費(科学研究費、学術研究助成基金助成金)のシンポジウムと抱き合わせにしたり、共催にしてもらって大学の施設を使ったりします。
 

 また、学術会議からの報告が政府に全く挙がってこないという指摘もありますが、提言や報告はしています。おそらく諮問への回答(答申)についての話だと思いますが、政府からの諮問というのはここしばらくありませんでした。諮問とは別に各省庁から審議依頼が来ることもありますが、答申の形で答えています(※1)」

 

 

 ―会員はなぜ210人なのでしょう。
 「現在は分野別に第一部から第三部(人文・社会科学分野、生命科学分野、理学・工学分野)に分かれていて、それぞれ70人ずつです。その前(2004年の法改正以前)は7部構成。また各部の中で分野ごとにおおよそ 人数は決まっています。これは学術界の内部でいろいろ陣取り合戦があったと想像します。経営学は少なく、法学や経済学は多いなどとこれは固定ではないと思いますが、割合はある程度前例を踏襲していると思います(
※2)」

 

 

 ―学術会議について外部からの評価というものは。
 「外部評価委員会のようなものはあります。18年度には、田中優子先生が外部評価委員会の座長を務められ、いろいろ活動の改善に向けて提案をされたようです」

 

 

 ―学術会議の会員として入られる前と後でご自身の研究姿勢・研究内容について変わった点はありましたか。

 「それは難しいところです。学会の関係で、会員になる前から学術会議との関わりはあったので。私は学会ではずいぶん頑張りましたが、学術会議の方面で頑張ろうという意思は元来ありませんでした。
 

 私は会員になる以前に、学会代表として今の文化人類学分科会にあたる会議に何回か参加しました。当時の学術会議には会員を巡って学会の陣取り合戦があり、何の役に立つところなのかよくわからないところでしたが、科研費の配分に影響すると後から聞いて驚きました。05年に制度改革があり、選考方法は学会と切り離されて、推薦により作られたリストの中から選考委員会が選出するという方式に変わりました(※3)。
 

 05年に会員となりましたが、その頃には科研費の採択とは切り離されていて、むしろ学術会議のエネルギーは提言や報告を発出するという方向に向いたのではないでしょうか。また、科研費の採択も学術振興会が独立に委員を選んで行うようになり、研究費の分配方法もずいぶん透明化されたと思います」
 

 ■学術会議と国の関係について

 ―国の一機関であることのよい点とは。
 「事務仕事に慣れている方を派遣してくれることです。事務局を内閣府の役人がやってくださっています。そういう人を雇って最初からトレーニングするのは大変ですから。転勤のためにしょっちゅう交替する問題点もありますが、やはり事務局サポートは大きい。

 

 また、提言や報告を出す際に省庁から現場の人に来て説明をしてもらったりすることがあり、事務局を通じて省庁の人に連絡をとることがスムーズにできる面もあります」

 ―学問の組織が国の機関である点について自律性・独立性の面で実際はどうですか。
 「その点は難しいです。やはりお金は出しても口は出さずというのが暗黙の了解として続けられてきて、内閣府の職員が来て働き、場所も内閣府が用意した建物です。学者が様々な意見をすることについて、たとえそれが苦言であっても、聞く耳はもっていた。(答弁記録が残る1983年当時の首相)中曽根さんは、任命は名目的だと言いました。学術会議の自律性を認めていただいたと思っています。政府の懐が深い時代がありました」

 

 ―山本先生は2005年から14年まで9年間会員を務められました。この間の人事や予算についての政府との関係について、政権によって変化のようなものはありましたか。
 「予算がだんだん削減されていったことが非常に厳しかったです(
※4)。様々な要因があると思いますが、だんだん軽視されてきているなと。今回の任命拒否は、予算だけでなく人にまで口出しをしてくるのかと。

 

 私は21期(08-11年)に男女共同参画分科会でアンケート調査をする際、大学院生を一人雇いました。ところがある時点から『予算が尽きたので、もう給料が払えない』と事務局に言われ、私の次の人が担当した22期では予算がつきませんでした。05年に会員になったとき学術会議では調査員が雇えるから資料の下調べ等をやってもらえるという話だったのですがだんだん削られて今はそんなの全くないです。
 

 学術会議の会員や連携会員は公務員ですが、給料はゼロです。会議に出席すると日給の手当てがもらえて、遠方から来る方へは旅費が払われるはずです。しかしそれも年度末近くになると不足してしまう。だから十分な活動費というのがとても保障されていなくて、手弁当の部分も結構ありました。内閣府の施設を使っていますから土日の会議は開けませんし、予算がないので会議の日数も限られます」

 

 

 ―行政改革の対象という話も挙がっています。
 「学術会議の在り方というのは、学術会議自身もあれでいいのかということは意見としては持っています。内閣府の中にあるということは不自由もあって、それが問題だと認識している方もおられます。政府予算がかなり入っていて、確かに政府から全く独立ではないという面もあります。

 

 ではどうやって自分たちで自主的にやっていくかというと、そこが大変難しい。私は詳しくないですが、各国にはそれぞれに学術会議のようなアカデミーというのがあって、同じような機能を果たしています。違いもありますが、政府の予算が全く入ってこない国はないと思います(※5)。
 

 アメリカはまた、財団が多く、税金の優遇があり寄付が多い。非政府組織で公共の役に立つ活動が行われる仕組みがあります。うらやましい。政府の助成を受けつつも、全て依存しないような仕組みが必要なのかなという気はします。後述する学術会議の国際活動など、政府に必要な仕事を担っている部分はあるし、他国のアカデミーがそうであるように、政府の諮問機関として税金が投入されるのに疑問はありませんが、もう少し政府との距離感があってもよいかもしれません」

 

 

 ―山本先生から見た学術会議の役割とは。
 「現在学術会議は、提言や政府からの諮問への答申のほか、国際的な顔という面を持っています。日本国を代表して学者が国際的にやらなければいけないという場面がずいぶんある。例えば国際学術会議(ISC)という、各国のアカデミーが参加して議論しグローバルな政策提言を行う場がありますが、そうした場に代表を出す役割はやはり学術会議が担ってきました。また、先進7か国(G7)首脳会議に先立ってG7のアカデミー会議(Gサイエンス学術会議)が開かれ、各国の学術会議が集まり宣言等に草案を示します。学術会議のそうした役割はすごく大きいと思います。
 

 他にもいろいろな国際的に重要な会議に参加していて、学術会議に10億円といいますが、そのうち半分以上は学術会議で働く内閣府の職員等の給料を含む事務局経費ですし、ISCなど国際組織に分担金のようなものを支払っています。世界のディスカッションに加わらないと日本は置いていかれてしまうわけです。学術会議不要論を主張する人にはそうした国際的というか外交的機能が見えていないのかなと思います」

 

(聞き手・高橋克典)

※1:提言・報告等|日本学術会議
http://www.scj.go.jp/ja/info/index.html

※2:会員数は1949年の設立当初から210人。2005年に制度改正があったが、改正後も人数は変わらなかった。山本先生は「05年以前の定員を引き継いだのだと思う。改正前は7部構成で、各部30人の定員だった」と話す。

 

※3:日本学術会議の会員選考は科学者を有権者とする公選制に始まり、1985年から学協会を基盤とする推薦制、05年から現在の推薦制へと変わった(パンフレット「日本学術会議設立70周年記念展示『日本学術会議の設立と組織の変遷~地下書庫アーカイブズの世界~』」より)。

 

※4:国の予算書によると、日本学術会議への当初予算は過去40年で、2003年の約14億6230万円が最高。時代背景は異なるが、会員選考が学協会推薦制へ移行した1984年は約7億8750万円。2003年までは長期的には微増傾向にあったが以後減少傾向に転じ、東日本大震災後の13年には約9億4260万円と直近20年で最低。

 

※5:別ページに記載

 やまもと・まとり教授 
 本学経済学部教授。専門は文化人類学、経済人類学。博士(文学)。東京大学大学院社会学研究科(文化人類学専攻)満期退学。日本学術振興会奨励研究員を経て、1984年より本学経済学部助教授。90年より現職。2008年6月から2年間、日本文化人類学会会長、15年4月より4年間、日本オセアニア学会会長。第20・21・22期日本学術会議会員、第23・24期同連携会員。
学術会議での活動例としては、地域研究委員会人類学分科会の委員長として2011年に「報告 アイヌ政策のあり方と国民的理解」、2014年に「報告 大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 文化人類学分野」を取りまとめた。

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