日本学術会議任命拒否問題について

当時は少数意見だった 杉田教授の苦い経験

2020年10月27日

 日本学術会議の任命拒否をめぐり、かつて役員を経験した本学法学部の杉田敦教授(政治学)は「当時としては少数意見だった」と苦い経験を語った。2011年から日本学術会議の会員を務め、17年からは連携会員を務めている。17年には日本学術会議で、安全保障と学術に関する検討委員会の委員長として軍事研究の声明をまとめた。

本学法学部の杉田敦教授=写真は本人提供

 16年の人事介入が今回の任命拒否につながった

 ―17年に日本学術会議検討委委員長を務めた経験から、今回の任命拒否についてどのように考えていますか。

 「検討委員会の委員長の経験もありますが、16年から17年は役員として第一部(人文・社会科学)の部長を経験したこともあります。16年は、第23期の補充人事を行う際に政府から人事介入(※1)があったときです。

 当時私は『不当な干渉であり問題だ』と思い、表に出すよう会議で主張しました。しかしそれは少数意見にとどまってしまった。結果として表に出さず、補充人事自体を見送ることになりました。候補者の差し替えという官邸側の要求には応じないということで、かろうじて抵抗のかたちはつくりましたが」

 

 

 ―当時の役員の人たちは16年の人事介入をどのように捉えていたのでしょうか。

 「役員の多くは、政府にある程度調子を合わせていれば、任命拒否のような大ごとにはならないと考えていたと思います。結果は、かえってどんどん圧力が強まって今回のような事件になりました。私は役員として、会議で反対意見は言ったものの、守秘義務があり会員に説明することもできなかった。私としても苦い経験です」

 

 軍事研究への声明は学問の発展を促すもの

 ―17年には軍事研究に関する声明を委員長としてまとめていました。この声明は、今回の任命拒否と関係しているのでしょうか。

 「今回のことと結びついているかは、まだわかりません。『政府が軍事研究の声明を嫌って意趣返しした』という意見も目にしますが、今回任命拒否に遭った方々は、声明とは関係がないので、それでは説明にはなりません。この声明の主眼は学問の自由の擁護にあり、軍事研究によって学問の発展が阻害されないよう注意を呼びかけるものです」

 

 ―なぜ軍事研究をすることが、学問の発展を妨げることにつながるのでしょうか。

 「軍事研究は非軍事的な研究と違って、しばしば機密に関わるからです。すると研究の公開性が失われて学問の発展が阻害されます。防衛省は、軍事研究であっても基礎研究であれば機密に関わらないと言っていますが、研究が進むといくつかの部分は機密に関わってきます。非軍事的な研究であれば研究結果が学術雑誌などで公表され、次の研究へとつながり、学問の発展を促します。軍事研究は表になかなか出てきません。

 軍事研究の最中に科学者が『これは危ない研究になってきた』と思った際にも、研究をやめられないという問題もあります。もちろん政府はやめられると言っていますが、歴史を見ればそうとは言えません。核兵器開発に動員された過去の科学者らが証言したように、政府が研究を使えると判断したら、やめるとは言えなくなります。軍事研究の機密性によって公開性が失われ、政府からの介入が強まって科学者の自律性が失われます。そうやって研究に規制が強まるのではと危惧しています。

 

 予算の面でも軍事研究は注意が必要です。軍事的な予算は経済合理性などの財政規律をまぬがれるため、研究分野の偏りにつながりかねません。普通の研究であれば『これは元が取れない』となってやめるものも、軍事的領域ならいくらでも資金を使えるようになります。そうして軍事研究が広がっていくと研究予算を圧迫し、非軍事的な研究にお金が回らず、学問のバランスある発展ができなくなります(※2)」

 

 推薦にあたって男女比、地域差も勘案

 ―現在の新会員の推薦制度について、改革が必要という批判もあります。

 「学術会議が設立された当初は選挙制度でしたが、その後は学会推薦、そして現在は学術会議の選考委員会による推薦へと移ってきました。与党の政治家などが『前の人が次の人を指名しているのでは』という指摘をしていましたが、そんなことはありません。

 

 あらかじめ分野別の枠が固定化しているわけでもなく、しかも、男女比などをかなり勘案するからです。しばらく前に政府から女性を3分の1にすべきだと言われてから、力を入れています。政府の官庁組織はやっていませんが、学術会議における女性の比率は3割以上になりました。

 

 地域差についても配慮しています。大学の多い東京都や京都府ばかりにならないよう、他の地域からも入れるようにしています。210名という少ない会員数でも、科学者の代表性を担保できるよう努力をしています。

 

 改革論議をするにしても、任命拒否してから改革を訴えるというのはおかしい。いきなり理由のわからないような任命拒否などせずに、改革論議を提起すればいいのではないでしょうか。順番が違っているように思います」

 政府の方針に従わないといけなくなる

 ―今回の件で、学問の自由は侵害されたのでしょうか。それともされていないのでしょうか。

 「侵害の一歩が踏み出されました。『学術会議は研究機関ではないから侵害されていない』と言う人もいますが、明らかに研究機関としての側面がありますし、大学などの研究機関から集まって議論をしている機関です。文系も理系も一同に会して、文献を調べた上で議論をし、提言や報告などを行っています。こういう場は他にはありません。

 

 政府から諮問されて回答する側面もあり、この部分は研究機関とは少し違います。しかし研究を積極的にしていますので、大学や学会に似た側面が強いです。だからこそ学問の自由が保障されなければなりません。

 

大学が教職員を自ら決めているように、学術会議がその会員を決められるようにしないといけません。形式上、非常勤の国家公務員となっていますが、だからといって学術会議のようなアカデミーが研究機関ではないという議論は、世界のどこでも通じません。

 

 今回の件だけであれば、大した問題ではないと考える人もいるでしょう。しかし、こうしたことをきっかけに今後学問の自由がさらに侵されないかを危惧しています。例えば国立大学の学長人事に介入し、大学内で決めた学長について文科大臣が『ダメだ』と思えば任命しなくていいといったことになりかねない。これでは大学の自治が侵されます。

 

 研究費についても同様です。今は科学者同士で議論して研究費の配分を決めていますが、もし政府が決めるようになればどうでしょうか。そうなると政府の方針に従わない人は研究できません。政府の意見と対立することで研究費が出なくなり、様々な役職につけないとなると、萎縮して批判ができなくなります。今回のことがきっかけになる危険性もあります」

 

 大学本来の姿 違う意見があっていい

 ―今回の任命拒否は、本学にどのような影響を与えるでしょうか。

 「今回、本学では他大学に先駆けて、いち早く田中総長が任命拒否に関するメッセージを出してくれたので、とても心強く思いました。メッセージにある通り、考えの多様性を守ることが大事であって、意見が違うことを理由に排除してはいけません。

 

 今の世の中は、色々な意味で殺伐としているように思います。コロナの問題や景気の悪化もあり、『今、役に立つこと』ばかりに目がいくのではないでしょうか。そうした状況では異なる意見というのは面倒くさい。異論を唱える人は排除しようという動きにつながりがちです。

 

 そうした状況の中、あのメッセージは、色々な意見があっていいし、様々なことを自由に勉強してもいいという大学本来の姿を確認してくれました。田中総長は来春で任期を終えますが、今後の総長にも、法政のそうした良さ、自由さは維持してほしいです」

(聞き手・宇田川創良)

※1 2016年の第23期の補充人事で起きた人事介入のこと。日本学術会議が推薦した候補者のうちの数人に官邸側は難色を示し、事実上拒否した。

 

※2 軍事研究予算は2015年度に3億円、16年度は6億円だったが、17年度は急増して110億円。18年度以降は横ばいで推移。

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