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市ヶ谷キャンパスの在り方について

 富士見ゲートの利用が始まり早くも10ヶ月が経ち、もうすぐ1年も過ぎようとしている。再考するにはちょうど良い時期であるから、今回は富士見ゲートやそれに付随する工事について評価し、そこから見える法政大学について考えてみようと思う。

 富士見ゲートから始まる一連の工事の目的は、現在の大学キャンパスのキャパシティを増やすことと55・58年館の耐久性の問題の解決、それらに加えて学内の行き来をしやすくする動線確保のためであるらしい。この工事には「法政大学55/58年館の再生を望む会」(現:55/58きおくプロジェクト)が55・58年館の再利用案を大学側に提示していた。しかし、大学側はその再利用案と比べた上で、今回の工事にはその費用と照らし合わせてもやる価値があると考え、建替え工事を行っている。

 私が利用した実感では、その考えに頷けるところがある。例えば、食堂の利用しやすさである。味や券売機の前の込み具合などに目をつぶれば、55・58年館に主要な食堂があった頃よりも、断然快適に使えるようになっている。その他にも、ガラス張りを基調とした富士見ゲートは、外堀校舎とボアソナード・タワーとの調和がよく取れていて、特にボアソナード・タワーを一番手前にして見る、川向こうから見た風景は中々に恰好が良いもののように感じられる。しかしその反面、校舎全体でみると、今回の工事の計画性に疑問を抱かざるを得ない状況が見えてくる。つまり、長期ビジョンのなさである。

 外濠校舎3階と富士見坂校舎1階とを繋ぐ連絡通路付近にある自動ドアは、その一つの例だろう。新入生は全く何のことだろうかと思う人や、あることは知っていたが用途は知らないという人がほとんどなはずだ。あの自動ドアからはもともとは、外濠校舎と富士見坂校舎に囲まれたキャンパス中央広場に繋がる階段が出ていて、55・58年館からの出入りによく使われていた。現在この自動ドアの使用はできない状態で、テープのようなもので使用禁止が示されているが、大学側に確認したところ今後とも使用する予定はないとのことである。まだできて間もない外濠校舎の自動ドアが、他の新校舎の建設に伴いその用途を全く失い、いわば開かずの扉となってしまったのは、計画上どうにかできなかったのだろうか。事実外濠校舎の竣工は、2007年3月のことなのである。約10年間の使用で投資額の元が取れているのかははっきりとしないが、計画の継ぎ接ぎ感が否めないのが実感である。

 ちなみにだが、前述のキャンパス中央広場の地面の工事跡が酷く残っていて、綺麗でないことについて大学側に問い合わせたところ、それは2019年4月~2021年1月の55・58年館解体工事と共に整備していくようだ。そして、広場と富士見坂庭園を結ぶ階段の色が違うのもそのためで、今よりもキャンパス中央広場の地面を一部高くする予定があるそうだ。その他の整備についてはまだ具体的には発表できないとのことだった。

 さて、前述のような計画の継ぎ接ぎ感が伺えるところは他にもある。ボアソナード・タワーや外濠校舎のエレベーター、エスカレーター付近の混雑具合は、富士見ゲートにもしっかり継承されている。使用した学生や教職員なら良くわかると思うが、富士見ゲートを含めたほとんどの校舎での授業前と後の、特に3、4限あたりの混雑具合は群を抜いている。ボアソナード・タワーは、エレベーターの収容人数が少ない上にエスカレーターがないため、階段で8階に上がることはよくあることで、夏場は修行僧の苦行のようなものだ。仮にエレベーターを待とうとするなら、授業に遅刻するのは必然的になる。つまり、現時点では休み時間10分での教室移動は困難を極めるということになる。キャパシティの拡大や動線確保を目的として作られた富士見ゲートでも、このような混雑具合は解消できてないのが事実である。

 また、ボアソナー・タワーにあるブルーの塗装がされたエレベーターは、高層階用で各階に止まらない仕様となっているのだが、4基全てが地下1階に降りていくため、1階で待っている人が結局地下1階に降りるか、高層階用を使うほどの階層に上がっていかなければならないのだ。この状況に加えて、オレンジの塗装がなされた各階に止まるエレベーターはその位置のため、エレベーターを待つ列と55・58年館に出入りする人達とが入り乱れ、大変混雑する。そして、待っている人は邪魔にならないようにブルーのエレベーターの方に行くのだが、こちらも前述のようなものなので、必然的に階段上りに労力を費やすか、授業に遅れるかを覚悟しなければならないのである。恐らくこの状況は、例えばブルーのエレベーターの4基のうち2基を1階止まりにすることで解決するのではないのかと考えるのだが、大学側に何らかの改善をする素振りは特にはない。

 富士見ゲートも使用している実感としても確かにやはり混雑する。エスカレーターの乗降口では人詰まりが発生し、降りるスペースがなく無理やり前の人を押して何とか降りなければならないこともある。これは外堀校舎のエスカレーターでも同様である。エレベーターの幅を広くすることはできなかったのであろうか。

 このように見てみると、キャパシティの拡大と動線整備を目的の一部とした今回の工事は、富士見ゲートが利用され始めた現時点では以前の問題点を解決できていないのである。さらに、外濠校舎やボアソナード・タワーの前例があったにも関わらず、富士見ゲートにはその教訓が活かされていないように思えてしまう。このような反省点が南棟(仮称)に活かされるかどうかは不明だが、法政大学には長期的な計画が欠けているだろう。

 今年の法政大学は志願者数が2位となり、これからより学生数も増えていくだろうし、何十年先も大学として続いていくだろう。そのような大学が単発的な対応だけで、長期的な大学運営を見据えていないのであれば、無駄な予算を浪費し、大学としての統一感を失い、ひいてはこれぞ法政大学というシンボルを失ってしまい、結果大学としての魅力が消え去る。つまり、ハリボテ大学だ。そのようなことにならないためにも法政大学は、HOSEI2030のようにより長期的なビジョンを、より具体的に考え行動しなくてはならないだろう。法政らしさとは何か、これからどのような法政を作っていくのか、それを真摯に見つめ直す時期なのではないのだろうか。

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