就職活動と日本社会の労働諸問題

 紙面版に続き、電子版でもメンバーシップについて取り上げていく。「日本社会とメンバーシップ型」は、紙面版同様メンバーシップに関する疑問を藤村教授への取材から得た情報から考えていくものである。


●日本社会とメンバーシップ型
 私は今回の取材を行うにあたって、先でも述べたように日本社会の諸問題がメンバーシップ型に起因しているのではないかという疑問を持っていた。ここでは、そのような諸問題とメンバーシップ型の関係性を、特に転職、非正規社員・派遣社員、会社の権力、生産効率と労働効率に絞って考えていこうと思う。

 まず、転職についてである。メンバーシップ型は新卒一括採用である。つまり、新卒の人を優先的に、そして大量に雇用するのだから、その分雇用の窓口は埋まってしまうのではないのだろうか。この点について藤村教授は、日本の転職はメディアが言っているよりも行い易いものだと指摘する。日本の転職率で見てみると、厚生労働省の雇用動向調査では、1年間の離職率が15~16%であるのに対して、入職率は同じか少し高いくらいである。もちろん景気などの諸条件により、若干のズレは各年度であるが、概ねどの年もそのようなもので決して転職がしにくいというわけではない。

 では、なぜ転職がし難いという印象があるのかという疑問がでると思う。私が取材から考えるに、これは恐らくメディアが取り上げるのが常に弱者であるからではないだろうか。中小企業などの経営者は、常にいい人材を欲しがっているということが取材の中で分かってきたのだが、このいい人材とは経営者が考えるアイディアをプランとして具体化できる人のことであると藤村教授は述べていた。例えば、あるアイディアがあり、それを実現するにはどれくらいの資金と期間が必要なのか、そのアイディアを実現させた上でどれほどの価値があるのかといった細かなことをまとめ上げることのできる人材などである。転職が難しい人の中にはそういうことができない人が多く、この原因としては以前の会社でスキルを磨く経験ができていないことや本人が意図的に自身の力を育てようとしていないことがある。そのような求められるスキルがない人をメディアが取り上げることで、日本は転職が難しいという印象が強く感じられてしまうのではないだろうか。もちろんこのようなスキルがない人たちの問題は軽視することのできない問題ではあるだろうが、日本が転職のし難い国というイメージは、的を射ているもののようには思えないのである。

 次に非正規社員・派遣社員についてであるが、これは日本におけるメンバーシップ型とジョブ型の共存の問題であるように見える。非正規社員・派遣社員はジョブ型に似たような雇用形態であり、これの問題は能力を伸ばす機会を与えられないという点なのである。メンバーシップ型が存在している日本では、そういった機会を与えられない非正規社員・派遣社員は、スタートラインで同じ能力を持っていた人間同士であっても、後々明らかに差が出てしまうのである。この問題は、政府も改善しようと、有期雇用を無期雇用に変えるよう企業に働きかけている。

 そして、会社の発言力についてである。現在の日本では、会社の発言力が労働者のそれよりも強いと言われている。このことは過労死や後述する労働時間にも関わってくる問題だと思うが、実際はどうなのであろうか。藤村教授によると、これは運用を間違えると社員が上に対して従順になってしまうというメンバーシップ型の悪い面が社会状況の中で顕著に出てきてしまった例であるという。元々1980年代頃までの日本の会社では、良く議論がなされていたそうだ。課長から仕事を頼まれた際、頼まれた部下はその仕事をやる必要が本当にあるのかと課長に対して疑問を投げかけるという光景は良く見られていたらしい。その状況が変わるきっかけとなったのが、バブル崩壊後の長期的な不況である。企業はこの不況中で生き残るため、人員の削減を行った。言わずもがなのことだが、人員が減ればコストは減る。しかし、一人当たりの仕事量は増える。限られた時間の中で、増えた仕事をさばいていくには、言われたことを淡々とやるしかない。つまり、議論をなくすという手段しかなかったのだ。

 このようにして会社の発言力が強くなっているのである。藤村教授いわく、社員に対する会社の発言力は改善すべき問題であるが、どのように直していくかはまだ定かではないらしい。しかし最近行われている労働時間の削減は、この問題の見直しのいいきっかけになるのではないかと期待しているそうだ。

 少し余談だが藤村教授は、メンバーシップ型ではジョブ型と違い、上下関係を気にすることなく議論できるという。ジョブ型は、仕事内容に了解をした上で採用されるのだから、ボスがいう仕事内容を拒否することはできない。しかしメンバーシップ型では、上司に疑問を投げかけても即座にクビになることはない。そういった意味では、本来日本はもっと自由な議論のできる社会であったのではないのだろうか。

 さて、最後に生産効率と労働効率についてである。日本の生産効率の悪さはメンバーシップから来るのではないだろうか。メンバーシップでは、労働者は様々な仕事の機会を与えられるが、ある得意ではない仕事に従事しないとならない可能性も出てくる。ジョブ型と違い、労働者の専門性が薄いメンバーシップ型では、やはり生産効率が悪くなってしまうのではないだろうか。このことについて藤村教授は、日本の生産効率についてはちゃんと理解されていないという。どういうことかというと、そもそも労働生産性とは最終的にお金で算出されるものであり、日本は確かに無駄なことをやっている面もあるが、いいものを安く売っていることが、労働生産性が低く出てしまう原因なのだということである。藤村教授曰く、日本人は値段のつけ方が下手なのだそうだ。本来100万円で売れるものを、わざわざ50万円で売ってしまうのである。このような日本人の経営上の問題が生産効率の悪さの原因であり、働き方の問題を改善したからといって、生産効率が良くなるということではないのだ。

 しかしその反面、日本の労働効率が悪いという事実は確かにあると藤村教授はいう。この労働効率の悪さは、企業と個人が高度経済成長期の成功体験から抜け出せられないところにあるようだ。つまり、頑張って長く働けば、会社もその分しっかり大きくなり、個人もいい生活ができるようになるという高度経済成長期の幻影を企業も個人も追い続けているのである。この状況は、現在変わりつつある。長時間労働をやったとしても、確実に業績が伸びるわけではないということに気付き始め、効率性を重視するようになってきているのだという。では、なぜこのような変化が起き始めているのだろうか。それは、昨今長時間労働が社会問題として表面化し、企業側が長時間労働をやめようと動き始めたからだ。労働時間が減ったとしても仕事量は変わらないままなので、与えられた時間の中でその仕事量をこなすには、それぞれの仕事の重要性を見極め、仕事の程度を加減しなければならなくなったのだ。合格点が100点の仕事は100点で、70点の仕事なら70点でといった具合に仕事を見極めるようになってきたのである。

 以後は余談であるが、もともと日本人は今現在言われているほど勤勉ではなかったそうだ。1890年代頃の三菱重工長崎造船所の労務管理資料を研究した研究によると、その当時工場の人事の人の大事な仕事は、朝に工員の家を一軒一軒回り、工場に出勤させることだった。さらに、年間の離職率も非常に高く、就職してもすぐに辞めてしまうことが良くあったのだ。決して、勤勉ではなかった日本人が勤勉さを手に入れたのは、やはり戦後復興の中での高度経済成長期が大きい要因のように思える。日本人にとってこの勤勉さは良いもので、今後ともあるべき性格なのであろうが、現在の日本人にはそのような勤勉さに加え、賢さが必要なのかもしれない。

 今回は、紙面版と電子版の双方で、メンバーシップ型の雇用について様々なことを書いてきた。この中には大学生にも有益な情報や興味を引く内容が多くあったのではないかと思う。メンバーシップ型は変化しながらも、これからも続いていく。この記事がその中で、どのようなことが必要なのかということを知り、メンバーシップを始め日本の様々な社会体系に興味を持つ一助となれば幸いである。(冨田和弥)

【紙面版における誤植のお詫び】

  メンバーシップの紙面版において誤植がありました。本文冒頭で藤村教授のお名前を「藤村生博之教授」と記載していましたが、正しくは「藤村博之教授」です。今回の間違えは一重に私どもの責任であり、今後はこのような単純かつ致命的なミスを致しませんよう細心の注意を払っていく所存であります。読者の皆様や関係各所の方々、そして何より取材をお受け下さった藤村博之教授には多大なご迷惑をお掛けすることとなり、大変申し訳ありませんでした。

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