鼻をすする音が耐えられない

「ミソフォニア」の苦労の末

 特定の音に対して強い否定的な感情を抱く「ミソフォニア(音嫌悪症)」という障害がある。対象となる音は、鼻をすする音からキーボードのタイピング音まで様々だ。かつてこの障害を持ち、自らが運営する日本ミソフォニア協会の組織化・NPO法人化を目指す本学現代福祉学部の高岡稜(たかおか・りょう)さん(19)が取材に応じた。どのような症状があり、それをどう乗り越えることができたのか。当時の心境を語った。

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本学現代福祉学部臨床心理学科2年の高岡稜(たかおか・りょう)さん=写真は本人提供

 「くしゃみや鼻をすする音を聞くと、強い嫌悪感を覚える」。そう感じ始めたのは小学生の高学年の頃だった。そのときは、他人が出す特定の音を聞くと否定的な気持ちになるのが病気なのか、それとも自分だけの症状なのかわからなかった。

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トリガーとなる音の一例。日本ミソフォニア協会の「トリガーとなる音」より作成。

「鼻をかんだらいいのに」

 中学2年になると、特定の音を避けたいという気持ちが強くなった。家にいるときは、イヤホンをつけて自室からなるべく出ないようにした。食事は自分の部屋に持っていき、家族とともに食べなかった。

 

 夕飯を食べるときの楽しみは、ゲーム実況などの動画を見ることだった。しかし当たり前のことながら、配信者も鼻をすすり、せき払いをすることがある。「内容が面白いから、なんとか耐えながら見ていました」

 

 地元の千葉県の公立の全日制高校に入っても症状は悪化する一方だった。ミソフォニアという症状があることを知ったのはこの時期だ。授業中などに鼻をすする音などが聞こえると「鼻をかんだらいいのに」という規範意識とともに強い嫌悪感を覚えた。集中することが難しかった。

 

 そうして3年に進級したとき、「ミソフォニアの苦労を減らして大学受験に向けた準備をしたい」と思い、6月からNHK学園高等学校という通信制高校に転入することを決めた。 その高校の登校日数は月に2回と少ない。周囲の音を気にしなくてもいい環境に身を置いたことで大学受験に向けた勉強に集中することができた。

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トリガー音への対策の一例。日本ミソフォニア協会の「対策」より作成。

人生を左右する大学受験

 「こうして勉強をしていても、本番で実力を発揮できるだろうか」。予備校で周りの生徒と勉強する中、不安が頭をよぎった。試験会場には受験生が大勢いる。もし、鼻をすする音でテストに集中できず志望校に落ちてしまったら――。

 

 別室での受験など配慮が必要な人への対応をとる大学は数多く存在する。しかしその申請は煩雑だ。本学の場合だと、本学指定の配慮申請書や医師の診断・意見書などの提出が必須となり、その上で事前の面談が必要になることもある。

 

 本学に限らず、それぞれの大学指定の申請書や診断書が求められるケースが多い。センター試験を除き申請は見送った。

 本学の「受験上および修学上の配慮が必要な方へ(障がい等のある入学志願者への案内)」にある「受験上および修学上の配慮申請書」。A4サイズですべて手書き。1枚目には、氏名や性別、連絡先、志望学部学科・入試方式などを記入する。2枚目には、「受験上配慮を希望する事項」・「修学上配慮を希望する事項」・「出身学校でなされていた配慮」・「日常生活の状況」の4つをそれぞれ記入する。このほか医師による「診断・意見書」が必要となる。郵送にて申請後、本学が必要と認めた場合には、受験上・修学上の配慮について、志願者と面談を行う。本学は、多種多様な学生を受け入れる「ダイバーシティ宣言」を宣言している。しかしこの申請書では、男か女かのどちらかしか性別を選ぶことができないという問題もある。

 大学受験は人生を大きく左右する。受験を控えていた当時も、ミソフォニアという症状に囚われていた。治療法が確立されていないものの、治せるのであれば治したい。

 

 そうした思いから「鼻をすする音やせき払いの音をユーチューブで繰り返し聞く」などという、個人的な試みとした「荒療治」を11月ごろから1月までに計10日間ほど行った。すると特定の音への嫌悪感が少しずつ和らいでいった。

 

 そして迎えた受験当日。試験会場で鼻をすする受験生への、かつての嫌悪感はなくなっていた。

 

 本学の入試は他大学に比べると珍しく、試験官の許可があれば耳栓をつけることができる。「試験監督の指示などが聞こえなくなることを理由に、耳栓をつけることができない大学がほとんどでした。他の大学でも法政大学のようにつけられるようにしてほしかったです」

 

「症状に対する理解を」

 大学2年になった今では、特定の音を聞いても全く気にしないほどにまでに改善した。しかしミソフォニアという障害を持つ誰もがこの「荒療治」で治るとは限らない。

 

 当事者に加えてその周りの人にもどういった障害なのか知ってもらうことも必要になる。国際的な精神障害の診断基準や分類にミソフォニアが含まれていないこともあり、この障害自体を知らない医者も多いという。

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 今後は、現在個人的に運営をしている日本ミソフォニア協会を組織化・NPO法人化することも視野に入れている。組織として社会的信用を得た上で、ミソフォニアをきちんと認知している医者がいる病院との連携や、当事者同士の交流の場を設けたいという。

 

「ミソフォニアという症状によって日常的に苦労を背負っている人が一定数いることを知ってほしいです。この症状に対する理解が広がることほど嬉しいことはありません」

(宇田川創良)

日本ミソフォニア協会のトップページ

「自分の症状を周りに話して」 静岡県内特別支援学校教諭・鈴木雅義さん

 

 ミソフォニアは、「音嫌悪症」と日本語では訳されています。せきやくしゃみ、鼻すすり、タイピング音などの特定の音がトリガー音(反応を引き起こす音)となって、暴力的な言葉を発したり、攻撃的になったりする症状などがミソフォニアと呼ばれています。

 

 周りの人に「音を出すのをやめてほしい」とお願いすることが非常に難しい症状です。ミソフォニアを抱えている人は、その場から離れるか、イヤホンをつけて音楽を流すなど、自分で対処しなければいけません。この症状に対する周囲の理解が重要になってきます。

 

 ミソフォニアの認知度を高めるために、リーフレットをつくって静岡県に住む人に配るなどの活動も行っています。それを読んで「もしかしたら私もミソフォニアなのかもしれない」と気づく人や、「こうした症状があるのか」と理解する人が増えてくれたら嬉しいです。

 

 かつて特別支援学校で担当した教室には、せきの音がトリガー音の生徒がいました。せきをした人を殴ったり暴言を吐いたりするなどの過敏な反応を起こしていました。

 

 その生徒は、授業中の受け答えもしっかりしていて、友達と良好な関係を築いていました。しかしせきの音を聞くと人が変わったようになってしまうのです。

 

 本人もこの症状に悩み「みんなを傷つけたくないのに」と涙をぽろぽろと流していました。そのうえ「耳が聞こえなかったらよかったのに」と嘆くほど苦しんでいたのです。

 

 そこで「耳栓やイヤーマフをつけたり、イヤホンで音楽を流したりしても大丈夫だよ」と伝え、その生徒も安心して授業を受けられる環境づくりを心がけました。大学もふくめ、そうした寛容な環境がもっと増えてほしいです。

 

 ミソフォニアに抱える皆さんに伝えたいのは、この症状は「我慢するものではない」ということです。自分の症状を周りに話してください。

 

 そうすることでミソフォニアへの認知度が高まり、理解する人も増えていきます。理解者が十分に増える日が来るまで待つのはつらいとは思いますが、一緒に頑張っていきましょう。

(宇田川創良)

略歴:

鈴木雅義(すずき・まさよし)さん(48)

1973年生まれ。静岡県在住。岐阜大学教育学部特殊教育特別専攻科修了の後、静岡県の障害者授産施設(現在では福祉事業所)で勤務。その後、岐阜県立中濃養護学校、静岡県内の特別支援学校に勤務。2017年より、静岡大学教育学部附属特別支援学校で児童生徒の指導支援のかたわら授業研究を行う。2021年より、静岡県立静岡北特別支援学校南の丘分校で進路指導主事として勤務。

静岡北特別支援学校教諭の鈴木雅義(すずき・まさよし)さん(48)=写真は本人提供