朝鮮総連 目指す祖国統一

差別いまだ強く 本学でも

2021年7月16日

0701_1.jpg

写真中央の建物が在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)の中央本部。

その前を通ろうとする自動二輪車の運転手は、警察官から確認を受けている

 市ヶ谷キャンパスに来た人なら一度は目にしたことがあるだろう。富士見坂校舎から目と鼻の先にあり、複数の警察官と大きな青い輸送車が警備している「朝鮮総連」だ。どういった活動をしているのか。東京本部に所属し、在日朝鮮人の学生を支援する学生団体「留学同」の東京委員長として働くキム・ソンミョンさん(27)に聞いてみた。

キム・ソンミョンさん。1993年生まれの在日朝鮮人3世。

愛知朝鮮中高級学校を卒業。21年4月から「留学同」の東京委員長=写真は本人提供

「共和国」の大使館 警備は厳重

 朝鮮総連の正式名称は在日本朝鮮人総聯合会。1955年に設立された。前身となる組織として敗戦直後の45年に設立された在日本朝鮮人連盟が存在した。

 

 敗戦で朝鮮が解放されたときから、やむを得ない事情などで60万人近い在日朝鮮人が日本に残ることとなった。朝鮮人への差別が今よりさらに厳しい状況だったこともあり、団結して生活と権利のために民族団体をつくった背景がある。

 朝鮮総連は事実上、朝鮮民主主義人民共和国(以下、共和国)の大使館だ。日本とは国交を結んでいないため、あくまで事実上だ。ここでパスポートも発行されている。外務省は渡航自粛勧告を出しているものの、コロナ禍でなければ訪朝のための事務手続きも行われている。

 朝鮮の民族の歴史・文化などを学ぶことができる朝鮮学校の運営も支える。全国に約60校存在する。かつて日本の自治体から支給されていた補助金は、2010年代から打ち切られる地域が増えた。ほかにも高校無償化や幼児教育・保育無償化の対象外になるなど差別問題は山積みだ。

 2018年には右翼活動家2人が朝鮮総連に向かって発砲した事件が起きた。在日朝鮮人や共和国に対して快く思わない人などの襲撃から身を守るため、警察官が警備している。

​ 「18年の事件以前から警備はされていたが、事件後に一層厳重になったという印象はない」とキムさんは話す。なお、朝鮮総連の前の道は関係者以外も通行することができる。

0701_3.jpg

東京逓信病院から朝鮮総連へ向かう道には収縮するフェンスが設置されている。

警察官に通りたい旨を伝えれば通行可能だ。歩行者であれば許可は必要ない

朝鮮人への偏見根強く 本学でも

 日本では朝鮮に対する偏見がいまだ根強い。キムさんもこれまで数多くの差別を受けてきた。「焼肉屋のアルバイトに申し込んだら朝鮮人を理由に断られた。家を借りる契約の際にも苦労する在日朝鮮人も多い」と話す。

 多くの朝鮮人は差別を受けても泣き寝入りするという。「日本社会は差別の問題をなかなかわかってくれない」。朝鮮人同士のきずなを強くし、祖国統一のため朝鮮学校での民族教育を守ることに力を尽くしている。

 在日朝鮮人の学生を支援する学生団体「留学同」は1945年に設立された。支部も数多く存在し、本学の学生は上智大学支部に籍を置く。日本人学生には打ち明けられないことも、同じ朝鮮人同士であれば心を開くことができる。

 本学にも朝鮮にルーツを持つ学生がいる。ある学生は、日本で生まれ育ち高校まで朝鮮学校に通い、本学に進学した。これまで在日朝鮮人とばかり接してきた環境から一変し、周りから「日本語上手だね」「いつ日本に渡って来たの」と声をかけられるようになった。

 あるとき、授業で先生から「あなたは、北朝鮮か韓国、どちらの組織に入っていますか」と聞かれたことがあるという。「北朝鮮」と発した後、周りの日本人学生の視線は自らに向けられた。「なにか悪いことをしたような、在日朝鮮人であることは恥ずかしいことのような気持ちに陥った」

0701_4.jpg

本学市ヶ谷キャンパスの正門

韓国ではなく朝鮮 地道な活動

 自己紹介で在日朝鮮人と明かす学生は多くないという。朝鮮分断前から使われてきた民族の総称である「朝鮮」と言うことをためらい、在日朝鮮人であっても在日韓国人と自称する学生をキムさんは数多く見てきた。「在日コリアンという言葉もここ最近の言い換え」と話し、差別意識の根深さに懸念を示した。

 同様の問題はほかにもある。例えば「朝鮮語」を「韓国語」と言い換えるケースだ。「日本人学生に対して『朝鮮語ではなく韓国語と言った方がいいのでは』と考えてしまう学生もいる。これまで韓国語だと認識していなかったのに」

 祖国統一のため、日本でできることを少しずつでも続けていく。拉致や核兵器の問題などで怖いというイメージを持つ人は日本に数多くいる。日本人に「朝鮮」のことを知ってもらい「少しずつ偏見を払拭したい」と意気込む。

0701_5.jpg

懇親会で映画の感想をふせんに書き、グループで共有している様子

【取材後記】ルーツ打ち明ける難しさ

 日本で生まれ育ち日本のルーツを持つ私は、恥ずかしながら取材をするまで朝鮮語と韓国語の違いをきちんとわかっていなかった。正直に言えば似たようなものと考えていた。

 取材から数日後、映画『私はチョソンサラム(朝鮮人)です』を見て、上映後の日朝大学生の懇親会にも参加した。直接話すことで、在日朝鮮人にとって自らのルーツを明かすことがどれだけ勇気のいることなのかを思い知り、反省した。

 これまで朝鮮総連を謎の建物と認識していた。しかし取材を通して朝鮮総連が少し身近に感じられるようになったと思う。

(宇田川創良)