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新たな法政としての夜明け

廣瀬新総長就任インタビュー

2021年4月7日

本紙は2021 年1月22日、4月1日から総長に就任した廣瀬克哉総長にオンラインでインタビューを行った。田中優子前総長(任期=2014年4月~21年3月)の後任となる廣瀬総長の任期は2025年3月31日まで。廣瀬総長には、今後の授業形態や、HOSEI2030に向けての「教学改革・キャンパス再構築」に関して、多摩キャンパスの一部学部の都心回帰と教学施設の市ヶ谷集約の計画がどういったものかを聞いた。また、それに関連した教職員の雇用、今後の建物の取り壊し予定の有無、多摩キャンパスの地域との関わりなどのほか、情報教育のこれから、付属校との関わり、総長任期中の学生との関わり方について聞いた。 

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​廣瀬克哉新総長

【紙面版の続き】

そのような施設を「人が集って使うようになったらすごく楽しくなるような場所」に転換して、これまでとは違った感覚で滞在できる多摩キャンパスがつくることができるのではないか。 

キャンパスの在り方を見直すべく「今後の多摩キャンパスはどうあるべきか」について本学出身の建築家であるデザイン工学部の小堀哲夫先生のご協力を得てワークショップが多摩キャンパスの教職員や学生に呼びかけて12月から数回にわたって行われた。今後も色々な方式で学生からの意見を聞くプロセスや提案の機会がこれから出てくる予定である。そしてコロナ後にはみんなでキャンパスを歩きながら意見を出し合っていけるような場を作らなくてはいけないと考えている。 

 

【再配置による教職員の雇用】 

 

集約することにより教職員の雇用が削減されることは基本的にはない。現在、法政大学の弱点はST比(教員一人あたりの学生数)が大規模な大学のなかでも割合に大きいということだ。一部の教学組織が市ヶ谷に移転することによって現在多摩で教育を行っている教職員の一定の割合の人が市ヶ谷に移り、通ってくる学生の人数も多摩キャンパスが少し減って市ヶ谷キャンパスが増えれば、教職員の再配置は当然ある。しかし減らしていく必要性もメリットもない。むしろ例えば、専任職員については増員の必要性があると考えていて、近年は少しずつ増やしてきている。ワークライフバランスの改善にも人員の一定の余裕が必要だし、各キャンパスがキャンパスのアイデンティティーを強化してより自律的に運営されるようになっていくと本部で集中的に業務を行うよりも、分散的に人員を配置する必要も出てくる。 

キャンパスの立地条件を生かした特徴を強めるという考え方は、多摩キャンパスだけではなく他のキャンパスも同じだ。市ヶ谷キャンパスも市ヶ谷という立地条件を生かせる特徴をより強化していく。社会・経済など色んな動きの現場になっている東京23区に大学があるというメリットを活かせる教育内容の特徴を追求していく。都心型の社会・経済活動の一線で活躍する人たちをゲスト講師として呼びやすくなったり、市ヶ谷キャンパスを本拠にすることによって近場でのインターンシップや組織的なフィールドワークに出ていきやすくなったりする。 

学んでいる研究や学習している内容の領域によってこのようなメリットが非常に強く出る系統と、それほどではなくむしろ「多摩」という住宅地エリアでの方がフィールドとしても研究対象としてもすぐれているというような領域がある。多摩でなければ整備できない施設類が必要な領域もある。例えばスポーツ健康学部ではそのような性質が強い。多摩キャンパスでの施設や環境がメリットとなっていてかつ「地域の人々の健康を増進するためのスポーツの役割」を追求していくことが学部の基本的な目的と重なっている。普通の人たちが自分のフィジカルな健康を意識してスポーツをする現場にスポーツ健康学部の学生がボランティアスタッフとして関わり、自身の研究を生かしていく。このようなメリットがある領域を多摩に集約していき、都心に来るメリットが強い領域を市ヶ谷に集約する。ただし、やはり市ヶ谷キャンパスが手狭なのは明らかなデメリットなので、コロナ禍の中で都心のオフィス需要がどう動いていくのか、市ヶ谷キャンパス周辺にある様々な建物や土地が今後どのように利用されていくかの動きを考慮しながら、必要な建物の増設について意識していく必要がある。 

 

【地域の大学 多摩キャンパス】 

 

多摩キャンパス周辺には、高度経済成長期に東京郊外で多く整備された住宅団地がいくつもあり、その住宅団地の多くで高齢化が進んでいる。高齢者だけ・若年層だけのコミュニティは不安定で良いコミュニティとして持続していくことが難しくなってしまう。地域福祉や地域社会、環境と人間の生活の調和について研究や学習をしている集団が一定の規模をもって多摩に存在していることによって、多摩地域のコミュニティバランスを取ることが出来ている。福祉系の学部であれば、福祉としてのフィールドを学生としては「学ぶ」ことができ、そのような学生の存在によって多摩エリアでの福祉の質を少し上げる一助となることも期待できる。あるいは、自分の健康をプロの目から見てアドバイスしたり、気づきを与えたりできる機会を設計するスポーツ健康学部の先生や学生たちの集団もいる。コミュニティのあり方や郊外エリアの環境を研究対象としている場合にも、多摩の立地条件がフィットすることになるだろう。こういった存在が多摩地区の高齢化した住宅地の中で色んな刺激剤になり、他の地域ではできない地域での支え手になる。地域の大学としてお互いにとってメリットのある関係ができるのではないか。 

 

【AIやデータサイエンスなどをどう扱っていくのか】 

今後ますますAIが色々な場面で社会において応用されていくと思うが、AIをどのような場面にどういう風にして使えば役に立つか、ということだけ認識できれば良いわけではない。AIの基礎となる技術的な側面を扱う分野も重要だが、より多くの学生にとって必要なのは、「社会的応用を巡る様々な課題をしっかりと批判的に認識していく力」を養うことだ。 

今後は既存の情報教育も残していくが、ICTを道具として専門教育を行ったり、ICT自体を分析対象として、社会のなかでますます大きな影響をもつようになっていく。この技術がもっている社会的な意義や課題についてしっかりと分析できる力を養うような専門教育を強めていきたい。 

データサイエンス教育が強調されている場合、ともすれば分析道具を使える人材を育成して欲しいという視点に注目されがちだが、より本質的な必要性に目を向けることが大事だ。例えば何かの意思決定をする時に、もっぱら勘や経験に頼って、客観的に説明できる根拠なしの直観で選ぶのではなく、事実に基づいて判断し、その根拠を他の人にも伝わるように説明できなくてはならない。企業経営であれば投資家への説明責任もあり、ステークホルダーの納得も不可欠だ。公共政策であれば国民への説明責任であるとともに、政策の根拠や目的についての理解を深めることによって人々の行動変容が、目的達成のために不可欠な場面もある。そして、その説明を受ける側には、説明に嘘やごまかしがないか、説明された根拠は十分に検証された信頼度の高いものかを見極める力が求められる。判断し説明する役割を担ったときにも、受けた説明を検証する役割を担ったときにも、それを十分にこなしていく力が必要だ。この点は、入学した学部や専門領域に関わらず、誰にでも必要となる力だと考えている。そのような力を養う教育を、すべての学生に対して確保できるようにしていきたい。 

 

【コロナ後のデジタル教育と多摩キャンパス移転の受け入れ】 

 

キャンパス内で4年間に必要な単位を組み立てるのではないキャンパスの在り方を目指している。 

オンライン授業の良い面・悪い面は2020年度の経験である程度見えた。密集したら感染症リスクが高まると意識しなくても良い時期が来ても、オンライン授業のメリットで残すべきものは残すことを今後は意識的にやっていく。それを踏まえて、たとえば卒業所要単位の約130のうち30程度をオンライン授業で取得し、残りを教室やフィールドワークなどで取得するというような組立が標準的な履修スタイルになることもあるだろう。これまではとくに意識することなく、すべての授業が対面というのが当たり前の学び方だったが、これからは、対面のメリットが活かせる分野を対面で、オンラインのメリットが優れている領域をオンラインでといった具合に組み合わせていくのが標準になっていく。一つの科目のなかでオンラインと対面を組み合わせることもあるだろう。そうなれば、教室の回転率が下がってきて、キャンパスの面積も教室と共同作業の場所の比率が変わったり、多摩からの学部、学生が移って来たときの市ヶ谷キャンパスの空間的な混雑度もある程度緩和できるだろう。 

ただし、2021年度はまだそういう段階になるとは考えていない。2020年度よりも対面授業を増やして、授業は対面での実施を基本とする方針だが、そこに参加できない事情がある学生集団が、2通り存在している。ひとつは、日本に入国できない留学生の存在だ。2020年度にも出身国に留まりながらオンライン授業を履修していた法政大学の学籍をもつ在学生がいたが、21年度の新入生の中にもそういう人が一定数含まれる見込みだ。これらの学生たちに対しては、オンラインで履修できることを保障していく。 

もうひとつは健康上のリスクがある人がいることだ。 

20代でも新型コロナウイルスで亡くなっている人はいる。本人や同居の家族が健康上のリスクを持っている人は、3万人弱いる法政大学の学生の中に少なからずいると思うので、その人たちが「自分の罹患するリスクをかなり抑え込むことができて、社会でも流行が収まったから通学しても平気」と思えるような環境になるまではキャンパスに出てこられない状況でも、学習が続けられるように保障していく必要がある。対面授業で実施する授業で、このような学生がいる場合は、原則として必ずオンラインでも単位取得できるように保障する方針だ。 

だが、今日は雨が降っていて通学したくない気分だから「授業を今日は対面にしよう」という選択を保障する趣旨ではないので勘違いしないで欲しい。オンラインによる受講保障を必要とする場合には、オンラインで申し出を受け付けるので、Hoppiiなどの掲示を確認して欲しい。 

 

【田中前総長が設けた期間限定意見箱】 

 

期間を限定せずに常設的になんでも意見を募るような機会を設ける予定は今のところない。各自治体でも目安箱のようなものが設置されたが、低調だったり特定の人が強い思い込みを持って一方的に自分の意見を発信されてくるはけ口になったりするケースが多く、生産的なやりとりに展開していかないことが多い。意見を出したいと思った時には、各種窓口のそれぞれに対して根拠に基づいて書いてくれれば、みなさんが思っている以上にしっかりと大学の運営にあたっている者には届いている。全学的に共通する重要な課題だと思われることについては総長にも共有される。トップに直訴すれば、上意下達で一気に問題が解決するというようには、法政大学は運営されていない。ただ、去年の夏休みの時点では、総長が広く呼びかけて学生が声を出すきっかけをつくることが必要だし、効果的だという判断があって、期間限定で学生の声を募った。キャンパスにおいて学生の様子を、教職員が日常的に接するなかで把握するということが昨年度はできなかったので、あのような方法が必要とされたのだと受けとめている。今後も、必要性が感じられるときに、その必要に対応した方式で学生の声を聴けるような方法をとっていきたい。たとえば多摩キャンパスの今後を考えていく上で、教員は学生としてキャンパス生活を送っている訳ではないので、学生の視点から見た将来構想を練り上げていくためには今学生として多摩キャンパスで過ごしている人からしか出てこないアイディアを引き出していくことが大切だ。そういう目的に相応しい意見の受け取り方を設けていきたい。 

 

【付属校と大学の連携 多摩キャンパスへの魅力も見込まれる】 

 

高大連携講座は、法政国際高等学校で初めて開講された講座で、複数の学部の先生が「大学には色々な学部があって色々な領域で研究や教育がされている」ことを実感してもらえるように、週替わりで授業を行っている。このような講座をいずれは三校すべてで開講していきたいと思っている。また、法政高校では高校3年生のときに希望すれば大学の授業を履修できる取り組みが行われている。キャンパスまで授業を受けに来なければならないので、実際にこの制度を使う生徒はこれまで少数だったが、現在ではオンライン授業であればキャンパスに来なくても受講できるので、この仕組みを使うハードルが下がることを期待している。また、付属校から理系学部に進学する割合が低いことも課題だと感じている。そのため小金井キャンパスでは毎年「ワンデーサイエンスカレッジ」を開催し、高校生に理系学部を体験してもらう場を設けていて、参加者がかなり高い比率で理系に進学しているなど一定の成果もでてきている。 

 

【近代主義建築物の取り壊し】 

 

法政大学は戦争で校舎のほとんどを失ったため、1953年に現在のBTの場所に53年館を建てた。その後、矢継ぎ早に55年館・58年館を建てた。5年間の間に当時であればかなり高層の部類であった7階建て、床面積の大きな鉄筋コンクリート校舎を一気に造りあげ、戦後の法政大学の校舎の核となった。機能的、合理的に設計された「近代主義建築」の代表作と評価される建築だった。ところが、時代の変化によって建物に期待する魅力も変化していく。機能的、合理的であることに加えて、快適さや一人当たりの空間の余裕などの期待値も上がっていく。鉄筋コンクリート造の建物の法定耐用年数は60年だが、それが経過する時期を想定して、改装するのか建て替えるのかという検討の結果、新しい建物に建て替えることが決められ、2014年3月に建替工事が着工され、2021年の2月にすべての工事が完了して新しいキャンパスが完成した。 

 この過程では、近代主義建築の傑作として残すべきだという意見もあったし、提案として具体的な改修案が出されたこともあった。他方で、今後の法政大学の教育活動の展開のためにどんな校舎が欲しいかという議論も行われた上で、建替という結論に至った。高度成長期前夜という同時期の他の建物を見ても、結果として現在では建て替えられたものがほとんどとなっている。とくに私立学校を含めて民間の建物は、残すとしても使い続けられることが前提になるので、その時代の必要に応じて建て替えられる傾向が強いように思う。 

 今後、法政大学においてまとまった数の校舎が一時期に整備されたのは1980年代半ばに整備された多摩キャンパスになる。こちらは余裕を持った広い土地の中に、全体の統一的な構想にもとづいて整備されたキャンパスなので、先ほど説明したようにこれからの大学キャンパスとして期待される形に再デザインしていく必要はあるが、それを経てより長く使い続けていけることも期待できるのではないかと考えている。それを除けば、大学のキャンパスについて大きな新築や校舎の取り壊しがいま想定される時期にはない。 

 

<新総長から学生へメッセージ> 

 

今年、学生生活においては制約の多い年だったと思う。キャンパスに行く機会が減り、キャンパスで仲間たちと集い、一緒に何らかの行動・活動をする(サークルなどの組織的な活動だけでなく、日常の授業を受けに行って友達と会ったり、一緒に食事をしたり)学生生活の勉学以外の側面ができなくなってしまった。学生本人にとっても残念だろうし、大学を運営する側からしても、それらの活動を保障できなかったことに関しては非常に残念だし、心痛む。とくに2020年度の1年生については、大学生としての新しい友人との出会いや、大学生らしい生活の機会を逸したまま2年生の迎えた人も少なくないことは重大な課題だと認識している。2021年度はそれを何とか補っていく策を積極的に展開していきたい。武道館での入学式に20年度入学生も参加できる機会を設けたのはそういう取組のひとつだ。 

 いずれにしても、せっかくの大学生活の時期に、なんでこういう制約を受けてしまうのかと嘆く気持ちの人も少なくないと思う。ただ、数年早く生まれた世代のなかには、2020年・2021年を新入社員として過ごすことになった人や、まだまだ不慣れな若手社員として仕事に四苦八苦した人もいる。売上げが激減するなかで会社や事業の存続のために何ができるか、ということに日々追われ、どうしても目前のことに必死に頑張ってやる以外のことに目を向ける余裕がまったくない時期を送った人も少なくない。アルバイト機会の激減など、大学生にとっても生活困難に直面する面もあったとは思うが、社会人に比べれば、ある程度の余裕を持ってコロナ禍のもとにある社会の状況や課題について考えを巡らせたり、この事態に照らしながら自分の将来について悩むことはできたのではないか。今までの日常が一瞬にして奪われてしまい、いつ戻って来るかも分からない時代になってしまったという衝撃は学生にとってもとても大きなものだと思うが、それを大学生という立場で経験できたことを、たまたま自分たちの世代に与えられた機会だとして受けとめてほしい。 

「この先の社会をどのように変化させていくのか」「その社会で生きていく私たちはどんなことを考えて生きていけばいいのか」「そこで生き延びていくためにはどんな力を自分が持っていたらいいのか」を考えるきっかけを与えられたのだと思う。 

もちろん大学生でなくても、そういう課題にみんなが直面しているわけだが、「今」何を学ぶ機会があるのかは、世の中の「どのポジションにいるか」によって変わってくる。学生というのは大学という場で学び、社会的には一定の距離感を持ちながら全体を俯瞰していける機会を与えられている。自分の一生涯の中の期間としても限定的だし、世の中の全体で見ても、まさに今大学生という立場でこの時代を経験している人は限られている。 

「なんで自分が大学生の時に限ってこうなの」「大学生になったらこんなこともあんなこともやってみたかった」という思いもあると思う。しかし、10年後振り返ってみた時、大学生としてコロナ禍を経験できたことは、今にして思えば、その時大学生だった人にしかできなかったことだし、上の世代も下の世代も見えていないことが見えたはずだ、と感じられるようになっていると良いと思う。それを実感できるように、制約があることは承知の上だが、このめったに経験できない「極端」を体験したことを生かせる大学生活にしてほしい。そしてこの特殊な時代の法政大学を教職員・学生が一緒になって共有して大学を創っていけるような関係でありたい。

(聞き手 三浦エリカ) 

【廣瀬 克哉(ひろせ・かつや)総長 】

東大大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。法学博士。専門は行政学・公共政策学・地方自治。本学法学部助教授を経て1995年より法学部教授。法学部長、常務理事、副学長を歴任。最近の主な著書に『自治体議会改革の固有性と普遍性』(2018年,法政大学出版局)『議会改革白書』(2009年版~2016年版,生活社)など。1958年5月18日生。

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