「他者への想像力、養って」

柳沢 遊(やなぎさわ・あそぶ)氏

昨年度、法政大学非常勤講師として「アジア・太平洋島嶼(とうしょ)関係史」を担当していた柳沢遊先生。今回、先生の講義の中で節々に垣間見える、研究や物事への視点に着目し取材した。

【写真】柳沢先生|法政大学新聞1048

写真=柳沢先生提供

―なぜ経済史を研究することになったのか
「私は、戦争が終わって5、6年経った1951年、荒川区の日暮里で生まれました。日暮里は東京の中でも比較的貧しい地域で、近辺には在日韓国朝鮮人や、空き瓶やボロなど廃品を扱う商人がたくさんいました。私の友人たちも商人たち、あるいは工場経営の子供たちが多かったんですね。兄が大学に行っている影響で、漠然と経済史を勉強しようと思ったんです。ところが経済史の本を読んでいきますと、自分の生活実感や体験とかけ離れた世界のように見えました。そこで私は、経済史と言っても日常の人々の暮らしが見えるような、顔や息吹や息遣いが聞こえてくるような経済史を研究したいと思いました。」

―どのような学部生時代を送っていたのか
「大学に入って、他の学生は自由を謳歌(おうか)していたわけです。しかし私は8人家族6人兄弟でアルバイトに追われていたのと、高校紛争の経験から何のために学校に行くのか、何のために学問をするのかを常に問い続けていたので、楽しく大学生活を送ることがとてもできませんでした。どちらかというと、大学での講義内容や授業に違和感があり、ついていけないものを感じながら図書館や喫茶店で読書に明け暮れるような生活をしていたわけです。夕方になると家庭教師や塾のアルバイトをやっていました。」

―なぜ大学院へ進学したのか
「一つ目は、自分が生まれ育ったところにある零細な商店や工場などの中小商工業者を取り上げる研究をやりたいと思ったからです。特に、彼らの営業や生活、家族というものに強い関心をもっていました。彼らのことを今までの経済学や経営学は重視しているように思えなかったので、もう少し本格的に、しかも歴史的に調べてみようと思いました。
2点目は、何のために学問をやるのか、何のために歴史学をやるのかという問いが常に私の中にあったからです。その頃、ヨーロッパやアジアの日本以外の地域では、旧態依然たる古いタイプの国家権力を問題にし、政策の転換を求める民衆運動が盛んになっていたんです。ところが私が大学に入った1971、72年頃から、これまで行われていた学生運動や民衆運動は潮引くように衰退していったわけですね。一人一人の高校生や大学生が私生活主義といいますか、自分の生活の殻の中に閉じこもっていったように見えました。学力や上位学校をめぐる競争が激化し、学生は他の人よりも一歩優秀な成績を収めることだけに関心をもつようになりました。そういう現実を見ながらなおさら私は、既存の大学や高校の教育の在り方に疑問を持つと同時に、では何のために学問をやるのか、何のために歴史学をやるのかという問いを再び強く問い続けることになりました。」

―大学院ではどのような研究をしていたのか
「学部生を卒業して、7年間修行しました。その間持っていた問題意識は、戦前の日本で人々が、どのような思いで軍部や戦争を推進したり支持したりしていったのかということです。その問題を意識だけではなく、栄養や生活、地域社会などの問題を含めて考えていました。実証研究をやる上で、私は中国東北部の大連とそこにいる日本人商工業者を研究対象にしました。大連は南満州鉄道株式会社(満鉄)の本社があることからわかる通り、いわば日本の対中国投資の拠点でした。多くの研究者が満鉄や三井物産などの大企業に目を付けたのに対して、私は生まれと育ちから中小商工業者に視点を合わせました。
つまり民衆の重要な内容を占める中小商工業者たちが、どのようにして関東軍や日本の大陸膨張政策を支持するようになったのか、その移行過程を細かく研究することこそが、今後の日本にとって大事ではないかと思ったわけです。日本が再度、近隣のアジアの国々と不仲になる可能性があるとすれば、それを支えていくのは単に大企業だけではなくて、中小企業やあるいは一般の庶民の意識だと思ったのです。それが現在も私の研究テーマになっています。」

 

―大学で人文科学や社会科学を学ぶ意味とは
「歴史学や経済学、哲学を勉強することは、ただちに職業の選択や金もうけ、人間関係を円滑にするのに役に立つものではないと思うんですね。ですが大学で学ぶ歴史学や哲学、思想史などは、先人たちが積み重ねてきてくれた様々な知恵や工夫を、あるいは先人たちが大きな誤りを犯してきたその理由を解き明かしてくれます。私たちの生活には実は将来たくさんの地雷が埋め込まれているのだけれども、そういった地雷を一つ一つ飛び越えて、地雷に引っかからないようにして生きていくための智慧(ちえ)や方法論を授けてくれるものだと思うんですね。ですから、特に今の時代そういう人文科学が大事で、その次に社会科学が重要かなと思っています。」

―先生が思う大学における学びへの姿勢とは
「今の時代は、下手をすれば大学の授業の1コマ1コマの中で出てくる言葉も、情報として商品化されている可能性があると思います。授業料を払い得た知識や情報を、単位を取った瞬間に消費して後は体内から出してしまう。つまり、歴史的な事実や教員が話す言葉、概念の一つ一つは、下手をすれば消費の対象になってしまうということなんです。単位を取得するためには、教員の言うことを一応理解し覚えなければならない。そういう勉強の仕方があること、またそういう学生が多いことを私は認めています。一方で、教員のいう片言隻句を「あれ?何でこんなことを教員は言うんだろう」「この話の後になぜこの話が続くんだろう」といって、話と話の関係性やつながり方に気を付けて話を聞くと、実は頭が痛くなるくらい教員の授業は難しいはずなんです。多くの学生はそういうことを避けてしまっているし、下手をすれば教員自身も、当然のように毎年同じことを言っています。そうだとすると、大学で色々なことを勉強してAやSを取っても、知識の吸収力や消費力が非常に高い人というだけで、その人の中に生き方として何も残らないことになるわけですね。むしろ自分の知りたいことやあるゼミで言われたことを一つの核として、その周辺に地層が重なるような形で知識や論理を重ねていく、そういう蓄積型の学習の仕方があっていいと思います。」

―学生は大学でどのような力を身に付けるべきか
「今の10代20代の人たちにやや欠けているものがあるとすれば、様々なタイプの生身の人間との交渉や接触であり、やり取りやけんかなんだと思います。けんかをしなくなってしまった。なぜけんかをしないかというと、秩序を維持したいというのもありますが、自分が傷つきたくないからなんですね。自分が傷つきたくないから、常に表面上明るく、良い子でふるまおうとします。親に対しても友達に対しても。しかしそのことは、一面では問題の先送りではないかとも思います。会社員や公務員として生きていくにしても、あるいは私のように大学の知識社会で生きていくにしても、そこには必ずや葛藤や矛盾、人との対立が避けがたいものとしてあります。大学で学ぶ民主主義とか自由という概念は、そうした人間の葛藤や矛盾や格差を、どうやって長期的な目で解決していくかという方法論を示唆していると思います。それはいくら講義を受けてもダメで、直接サークルなりアルバイト先なりゼミなどでぶつかり合ったり、この人はなんでこのような発想をするんだろうと想像したりして、他者への想像力を思いっきり養うことが今は大事だと思います。」

(小林真冬香)
 

やなぎさわ・あそぶ氏 

1951年東京都生まれ。76年東京大学経済学部卒業。98年より慶應大学経済学部教授。専門は現代日本経済史、社会史。特に在中国の日本人企業研究と近代日本中小商工業者史という2つのテーマに取り組んでいる。

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