教えて加藤先生

近年の異常気象を考える

異常気象が世界中で深刻化している。10月に発生した台風19号は浸水被害、土砂災害、堤防決壊など首都圏を含む広域で甚大な被害をもたらし、行方不明を含め12月12日時点で102名の方が犠牲となった。自分の身を守るためにも、日頃から何か対策できることはないだろうか。文学部地理学科非常勤講師・加藤美雄先生に、今後発生する恐れのある災害と私たちが取るべき行動を聞いた。

画像_加藤先生_法政大学新聞学会

学生に気象知識の大切さを教える加藤先生

加藤先生は高校卒業後、京都にある海上保安学校に入校。その後、出向して海上保安庁から気象庁に約40年勤務した。気象庁で勤務し始めてからは本学の大学院にも通い、2017年3月に退職した法政大学名誉教授・佐藤典人教授の「気候学ゼミ」に6年間所属していた。
 

―大学院時代に興味のあったことはなにか
「佐藤先生は『大学院のゼミは、授業の終了時刻に関係ない。議論が出尽くすまで討論する』がモットーだったため、大学院棟が閉まる22時30分以降は近くの居酒屋で引き続き議論をするので、毎週金曜日は終電で帰った。でもその時間が一番の思い出で、とても楽しみだった。また、他の先生においても、今日はどのような授業をするのだろうと、授業に出ることがとても楽しみだった。またある授業では1対1の授業もあり、予習が大変で図書館にこもって勉強していた。しかしそれらの全ての時間は良い思い出であり、大学院時代に出会った友人は今も飲み仲間で生涯の友でもある」

 

―なぜ気象庁に入ったのか
「実家のある宮城県鹿島台(現・大崎市)では家の前の吉田川の支流、鶴田川がよく氾濫した。人工の堤防を築くも、川が氾濫すると両側にあるどちらかの集落を犠牲にしないといけなく、自分の集落もそれによって犠牲になったことがあった。小さいころから水害に悩まされていたため気象には興味があり、海上保安庁から出向で気象庁に入った」


―気象庁に入って一番の思い出は何か
「30次越冬隊として南極に行ったことが、人生を変える大きなきっかけになった。南極では多くの自然現象を見た。国境がないところで世界中の科学者が集まった。惑星地球の病が南極に現れていることも知った」

 

―勤務している時に大変だったこと
「上空の風を測る、最新装置ウィンドプロファイラを設置するために日本全国を回ったことが大変だった。国内とアメリカの3社が入札したがアメリカの業者からは、1年で取り付けるのはクレイジーだと言われた。しかしわずか20人ほどの職員で25台の最新観測機器を1年で取り付けることに成功した。この装置によって10分ごとに上空の様子・経過が分かるため、天気予報の精度が高まった。また日本だけでなく、モンゴルにもこの装置の指導に赴いた。一番大変だったが、期限内に設置、運用ができ、業務が評価されたことがとても嬉しく、やりがいのある仕事だった」

 

―現在の気象状態
「日本は中緯度に位置するため、偏西風やモンスーンの影響を受けやすく、自然災害も発生しやすい。それに加え、地球温暖化が進んでいるため、首都圏をはじめとして集中豪雨(ゲリラ豪雨)が発生しやすい気象状況にある。また、台風の発生回数は少なくなるが、一度発生するとすさまじい勢力になるスーパー台風の発生を懸念している。海水温が上昇している影響から、台風が発生してすぐに上陸することも考えられるため、これからの情報には常に気をつけておかなくてはならない」


―震災から学んだこととは
「東日本大震災を機に、気象庁では防災教育に力を入れ始めた。防災についての知識を知らない人が多く、先生に知識があれば多くの幼い命が失われなくて済んだのではないかと言われる状況もあった。気象庁をはじめとして官公庁ではもっと防災教育・対策を進めていくべきだと思う。また、市町村の職員においては防災担当になっても、防災に詳しい人が極めて少ないことも課題だと思う」

 

―私たちがすべきことは何か
「とにかく、災害から身を守るため、早め早めの行動をとること。そして流れてくる情報に戸惑わされることなく、自己責任を旨として常日頃から、災害時にはどのような行動を取るべきかを考えることが大切だ」

 

―最後に学生へメッセージ
「大学は先生が答えを出すところではない。自分で考え、しっかり自分の意見を言えるようにならなくてはならない。大きなことでなくていいから、身近なところから自分がこうしたいと思ったことを行動していくことが大切だ」 (三浦エリカ)

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