(実践)石垣市議会議員 内原英総さん

本学社会学部社会学科2008年卒業、同大学院博士後期課程(国際日本学インスティテュート)2014年修了、現在石垣市議会議員を務めている内原英聡氏に話を聞いた。内原氏は学生時代、当時学部教授だった田中優子総長のゼミ生だった。彼は本学で何を学び、なぜ石垣市議会議員になったのか。

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内原英聡(うちはら・ひでとし)さん 本学社会学部社会学科卒業。
現在は石垣市議会議員を務める

――法政大学に入学したきっかけ
「大きく3つ理由があって、1つ目は法政大学にある沖縄文化研究所を意識していたこと。沖縄県外で琉球・沖縄の情報が集まり、発信される場所、人びとが自由に往来する港のような場所として位置付けていた。2つ目は、田中優子先生の本を読んだことがあり、先生の書く文体や視点が好きだった。年表に書いてある為政者の歴史だけでなく、どういう切り口から庶民の歩みを見ていこうかと考えていた。また、現在に生きる私たちが、物質的な豊かさとの引き換えに、何を失ってしまったのかということにも興味があった。過去と現在を読み解きたいという好奇心があり、社会学部を希望した。3つ目は、赤本を解いてみた結果、相性が良かったから(笑)」


――多摩キャンパスで過ごした感想について
「いい意味でムラ社会だった。今風に言えばどんなパリピみたいな子でも、一緒に裏山に芋を植えたり、野球をしたりしながら過ごしていた。大学施設の環境も良くて、特に図書館の蔵書が豊富だったことが良かった。大学院で市ヶ谷に出てきたときに、初めて東京を実感した(笑)」


――沖縄島で過ごした高校について
「小・中学校を石垣島で過ごし、高校は沖縄島にある進学校に通っていたが、教員からのいじめがすごかった。離島から来る生徒に対し、登下校時、門をくぐるたびに親不孝と呼んだり、学校のガンだと言ったりする大人を目の当たりにした。学校内で盗難事件があれば、離島や郊外出身者だけが集められて、教員が犯人捜しをすることもあった。一部の大人たちには、一人暮らしの子は非行に走るだろうという先入観があったのかも。米軍統治時代の社会の不均衡をはじめ、現在も基地問題を抱える沖縄には、子どもの貧困問題や経済的な格差がある。沖縄県は近年この課題に本腰を入れているが、石垣島から都会に出てみて、格差社会の深刻さをかみしめたのが高校時代だった」


――どんな高校生活を送っていたのか
「沖縄にはお盆の時期、エイサーという念仏踊りがある。そのエイサーをやる地域の青年会に入り、高校に進学せず仕事に就いている同年代や先輩、後輩、米兵との出逢いもあった。それぞれの背景や抱えている事情は異なるが、地域の人たちがとにかく私を可愛がってくれた。この半面、高校では仲良くしていた先輩がオーバードーズ(薬物過剰摂取)で亡くなってしまった。背景には学校でのいじめもあった。学校に行くことってなんだろうと立ち止まって考えた。地域の人びとから支え合うことの大切さを学び、学校に行くことだけが選択肢ではないことも知り、次第に大学進学への意識も薄れていった。しかし、地域の問題に取り組むためにも、やはり専門的な知識は必要だと思いを改める出来事が重なり、1年浪人して法政大学に入学した」


――サークルに入らなかった理由とは
「家庭の事情で仕送りはほとんどない状況だった。しかし、学費を理由に断念したくなかったので、奨学金やアルバイトの稼ぎでやりくりした。田中優子先生から原稿執筆を紹介してもらうなど、様々な職種を経験して学部生時代と大学院生時代を送った」


――学生時代、一番充実していたことはなにか
「読書体験が一番充実していた。今日読んで感銘を受けた本でも、翌日読む本でボロクソに批判されてしまうような経験が多くあった。そうして部分肯定、部分否定が繰り返される中で、何が正しいのかと常に考えるようになった」


――総長のゼミを受けた感想は
「『思いはあるけど技術がない』と言われたことが今でも大切にしている言葉だ。学部生の頃も院生の頃も、講師のみなさんから言われている気がしたのは、『言いたいことはあるけど裏付けがないし、人に伝えるための説得力もない。あなたの考えを補足してくれる人や、修正してくれる先人の考え方をしっかり調べたのか』ということだ。10代・20代の訴えでは勢いでそれが通るかもしれないが、年齢を重ねれば色あせてきて、情熱だけでは足りなくなる。技術で補っていくことが大切だと身をもって実感した。田中先生や仲間たちとのゼミでは心ゆくまで語り合い、濃密な時間を過ごせた」


――自主的に意識していたことはなにか
「今、するべきことに取り組む。起きていないことはなるべく悩まない。とにかく今に集中する。レポートや小論文の一文は30字以内を心掛ける。主語と述語があいまいで、英訳できない文章は書かないようにする(笑)」


――市議会議員になろうと思ったきっかけ
「周囲の方々が応援してくれたことがきっかけ。また、記者として陸上自衛隊配備問題を取材し、国防のあり方に疑問を抱いた。ごく一部の人びとの利権のせいで、島々が危険にさらされる光景を前にして、黙ってはいられない。それだけでなく、無理な開発が横行すれば生態系は破壊されるし、持続可能な社会を目指す観点からも、あと何年もつかわからない。暮らしのことで言えば、私たちの税は適正に使われているか。必要な人に必要なサポートが行き届いているか。さらに国家レベルで言えることだが、現在は大切な情報の改ざんや隠ぺいも多い。そういった社会を超えていきたいと考えた」


――卒業後、本学での学びがどう生かされたか
「精確な判断をするためには、いろいろな角度から具体的な情報収集をするように心掛けている。特に議員として議会で質問をする際は、細かい数字や根拠を示すようにしている」

 

――学生時代にしておいたほうがいいこと
「情報を得て、発信し、人と関わり、知性を磨くことが大切だと思う。特にインターネット以外に、読書でも、映画でも音楽でも、絵画でも彫刻でも、自然でも何でもいい。手触りのある、あなた自身の感性に響く出逢いを求めてほしい」


(聞き手:三浦エリカ)

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